AI生成のイメージ画像です。作品中の場面や実在の書店を再現したものではありません。
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引っ越し先で出会った隣人に、本屋を襲おうと誘われる。狙いは、お金ではなく一冊の広辞苑。伊坂幸太郎さんの『アヒルと鴨のコインロッカー』は、あらすじを少し聞いただけでも、妙な話だなと思わずにいられません。
この奇妙な始まりの先には、知らない町で人と知り合う心細さや、相手と話すときの可笑しさもあります。どうしてそんなことをするのだろう、と戸惑いながら、登場人物をもう少し知りたくなる。驚きのあるミステリとしてだけでなく、人の不思議さを読む小説としても紹介したい一冊です。
第25回吉川英治文学新人賞を受賞し、2007年に映画化された青春ミステリ。結末や仕掛けは明かさず、会話と人物関係から、その魅力を見ていきます。
本屋を襲う計画と、仙台に来たばかりの青年
大学入学のために仙台へやってきた椎名は、隣人から広辞苑を手に入れるための書店襲撃を持ちかけられます。乗り気ではなかったはずなのに、決行の夜にはモデルガンを持ち、書店の裏口に立つことに。辞書一冊のために、そこまでするのか。狙うものと手段の釣り合わなさに、私はまず笑ってしまいます。
ここで忘れたくないのが、椎名は新しい生活を始めたばかりだということです。伊坂さんは広瀬川のインタビュー(2007年)で、本作には知らない街へ来たときの不安がそのまま出ていると話しています。
椎名は、町も隣人もまだよく知りません。そこへ持ちかけられる、書店襲撃という誘い。突拍子もない計画に、新しい町で他人と関わり始める心細さも重なっています。
会話を、謎の手がかりとしてだけ読まない
ミステリでは、何気ない台詞にも意味があるのでは、と身構えがちです。本作でも先を知りたくなりますが、会話を手がかり集めのためだけに読むのは惜しい。初対面で辞書のための書店襲撃を持ちかける人と、その誘いを受け止める人。私は、その妙な組み合わせに二人の話をもっと聞きたくなります。
伊坂さんは、小説全般について語った新潮社『波』2020年10月号のインタビューでも、洋画や翻訳ミステリの影響に触れながら、会話も地の文も読んで楽しめるものにしたいと話しています。
現実の会話にそっくりかどうかとは別に、言葉のやりとりそのものを楽しむ。書店襲撃の誘いも、犯罪計画の説明だけでは終わりません。何を言うかだけでなく、それを誰に言うのかで、登場人物の距離が見えてくるようです。
犯罪に加わる椎名と、犯罪に脅かされる琴美
物語は、現在を語る椎名と、二年前を語る琴美の視点を交互にたどります。ペットショップで働く琴美には、ブータン人留学生の恋人・ドルジがいます。刊行時の作品紹介では、琴美が動物を虐待する人々と関わってしまうことが明かされています。
この二つの物語について、有隣堂の『有鄰』第439号が示しているのが、犯罪に加わる側と、犯罪に脅かされる側という対照です。どちらも犯罪をめぐる話でありながら、椎名と琴美では立つ場所が違う。片方の出来事だけを追うのでなく、語り手が替わるたびに、別の人が何に戸惑い、何を恐れているのかを読む構成になっています。
二つの話がどう結びつくのかは、ここでは伏せておきます。ただ、つながりを当てることだけが読みどころではありません。琴美とドルジの間には、文化の違いから生じる小さな摩擦と交流もあります。書店襲撃という突飛な計画と、恋人との日常に入り込んでくる暴力。その隔たりがあるからこそ、一方を読んでいる間にも、もう一方で起きていることを気にかけたくなります。
可笑しさがあっても、やり切れなさは消えない
伊坂さんは映画化に寄せたコメントで、小説を書く際に気を配ったものとして「ユーモアややり切れなさや不穏さ」を挙げています。この三つを並べた言葉は、本作を読む前に知っておきたい、大事な手がかりです。
可笑しいやりとりがあるから、描かれる暴力まで軽くなるわけではありません。逆に、重い出来事があるからといって、人が話すときのとぼけた感じや、少しずれた発想がなくなるわけでもない。笑えるところはあるのに、気持ちよく笑って終われるとは限らない。著者が挙げた三つの言葉を重ねると、この作品の複雑な読み味が伝わってきます。
2004年の『有鄰』の取材で伊坂さんが語っているのは、社会について考えていることを小説にし、読者と一緒に考える姿勢です。人をひとくくりにして決めつけず、物語の形を借りて問いかける。椎名と琴美という異なる立場を行き来する構成も、誰か一人の見方だけで話を閉じない読み方につながります。
題名は親しみやすくても、穏やかな出来事だけが続く本ではありません。動物虐待に関わる内容を含むことは、読む前にお伝えしておきます。
文庫版の情報
紹介するのは東京創元社の創元推理文庫版です。全376ページ。一冊の中で謎を追いながら、人物同士の会話や、それぞれの行動にも目を向けられる青春ミステリです。
- 著者:伊坂幸太郎
- 出版社・レーベル:東京創元社・創元推理文庫
- 文庫初版:2006年12月22日
- ページ数:376ページ
- ISBN:978-4-488-46401-1
販売価格・在庫・選択されている本の形式は、リンク先でご確認ください。
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