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「勇一君、助けて」
死んだはずの恋人に名前を呼ばれる。短い一言なのに、すぐには通り過ぎられません。
今村昌弘『0秒前の彼女』の主人公は、公安捜査官の津倉勇一。一年前の爆破事件で恋人を失い、自身も負傷し、事件への関与を疑われて日本を離れています。その彼のもとへ、亡くなったはずの恋人から電話がかかってくる。
誰なのか確かめたい。けれど、その前に、生きていてほしい。
私は、この二つを切り離せません。相手を疑うことが、そのまま自分の願いを疑うことにもなってしまうからです。
自分の名前で呼ばれること
この呼びかけで気になるのは、「助けて」の前に、勇一という名前があることです。
知らない誰かの危機では済まなくなる。しかも、自分がもう会えないと思っていた相手からの呼びかけなら、落ち着いて事情を聞くのも難しそうです。言葉の意味を考えるより早く、返事をしたくなるのではないか。私はそこに、津倉の置かれた状況の切なさを感じます。
電話では言葉が届いても、相手の姿までは確かめられない。その隔たりが、疑う余地も、信じる余地も残してしまう。誰が話しているのかを知りたいのに、確かめた結果、その声を失うのも怖い。私には、そのためらいがあります。
津倉は、彼女が生きているかもしれないという希望を抱いて、極秘で日本へ戻ります。自分も事件を疑われた場所へ帰る。その選択を、私は簡単に無謀だと片づけられません。
失った相手に、まだ助けを求められるかもしれない。できることが残っているかもしれない。その可能性が一つあるだけで、危険を承知して戻る理由になってしまう。彼女の正体を知りたい気持ちと、津倉に会わせてあげたい気持ちが、私の中では分けられません。
立ち止まって考えたいのに、追われている
日本へ戻った津倉は、新たな事件に巻き込まれ、警察から追われる立場になります。相手の正体を慎重に調べたいときに、自分の安全にも気を配らなければならない。
読者としては手がかりを考えたい。でも、津倉の気持ちを想像すると、正体を見極めるまで何もせずにいるのもつらい。私なら、助けを求める声を待たせていることも気になりそうです。
『0秒前の彼女』で私が追いたくなるのは、電話の向こうにいる人の正体と、そこへ向かう津倉の判断です。大切な人を信じたい気持ちを抱えたまま、それでも疑わなければならないとき、何を頼りに進むのか。
その判断に、私はすぐには正解をつけたくありません。津倉が何を確かめ、何を選ぶのかを、一緒に迷いながらたどりたいです。
この一冊について
追われる緊迫感と謎解きを一緒に楽しみたい方、事件の仕組みと同じくらい、登場人物が何を信じて動くのかに関心がある方に紹介したい一冊です。
『0秒前の彼女』は、2026年10月14日に双葉社から発売された今村昌弘の長編ミステリ。ドラマ『ハイド&シーク 0秒前の彼女』の原作でもあります。下の購入先は、無料お試し版ではなく、紙の単行本です。
著者:今村昌弘/出版社:双葉社
発売日:2026年10月14日/四六判上製
ISBN:9784575249262
価格や在庫、購入する版は、購入先の最新表示をご確認ください。
出典・試し読み: 双葉社公式試し読み(1/4) / 同(2/4) / 作者インタビュー / 双葉社の刊行発表
アイキャッチはAI生成によるイメージです。実際の書影や作品・ドラマの場面を再現したものではありません。
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