本記事には広告(Amazonアソシエイトリンク)を含みます。Amazonのアソシエイトとして、綴ものは適格販売により収入を得ています。
「死ぬ練習」。書名を見たとき、私は少し身構えました。老いや死を正面から扱う本なら、重たい話が続くのだろうと思ったからです。
けれど目次を見ると、「はじめに」のすぐあとに置かれていたのは「道ばたの花を愛でる」でした。次が「『ただ生きてるだけ』でよし」。「死ぬ練習」の一番目が、花を愛でることなのです。
稲垣えみ子さんの『死ぬ練習帖』(文藝春秋)は、誰もが避けて通れない「老い」や「死」をテーマにしたエッセイです。出版社はこの本を、人生を「楽しく下る」ための24のレッスンと紹介しています。
「老後が全然不安じゃない」と言い切る人
出版社の紹介文は、「いま私は、老後が全然不安じゃない。」という一文から始まります。
稲垣さんは朝日新聞社で大阪本社社会部や週刊朝日編集部などを経て、論説委員、編集委員を務めました。2016年に50歳で退社し、それからは都内で「夫なし、子なし、冷蔵庫なし、ガス契約なし」のフリーランス生活を送っています。会社を辞めるまでを書いた『魂の退社』(東洋経済新報社)、一汁一菜の食卓をすすめる『もうレシピ本はいらない』(マガジンハウス)、『買わない生活』(東洋経済新報社)など、お金やモノに頼りすぎない暮らしを書いてきた人です。
不安がない、と言い切れる人は多くありません。しかもこの本は、それをお金の備えの話というより、当たり前だと思ってきた価値観がひっくり返る話として差し出しています。老後の本と聞いて私が思い浮かべていたものとは、向いている方向がまるで違いました。
不安の出どころを言い当てる一節
出版社が公開している本文の一節に、こんな言葉があります。
そもそも多くの人が老後不安から逃れられないのは、老いを否定しているからだ。老いたくないと思うからだ。それは勝ち目のない戦いなのである。だって老いとは大いなる自然の摂理。誰にも消すことも変えることもできぬ。ゆえにどう頑張っても永遠に不安なのだ。
ならば、ここから変えてしまえば良いのではないでしょうか。
――稲垣えみ子『死ぬ練習帖』(文藝春秋)より
私が引き込まれたのは、「勝ち目のない戦い」という言い方です。老いたくないと願うほど、負けの決まった試合を続けることになる。そう書かれると、老後の不安は何十年も先の心配ではなく、いま自分が老いをどう見ているかの問題なのだと気づかされます。
そして最後の一文で、話がふっと軽くなります。戦い方を工夫するのではなく、戦うという前提のほうを変えてしまう。重いテーマを扱いながら、身のこなしは驚くほど軽い。この一節に、本全体の手ざわりが表れていると私は感じました。
24の練習は、毎日の暮らしの言葉でできている
本書は「はじめに 人生を『下る』という鉱脈」と、「その1」から「その24」までの練習でできています。題を順に追っていくと、死の準備というより、今日をどう暮らすかの話がほとんどです。
- その6 超狭い家で暮らす
- その10 毎日同じことをして暮らす
- その11 暑さ寒さを受け入れる
- その13 肩書を持たない
- その17 歩いて行ける範囲で生きる
- その18 力を抜く
- その24 人生の目標を低く定める
「その9 生ゴミを土にする」「その23 神仏を友とする」のように、老後の本ではあまり見かけない題が並んでいるのも、この本らしいところです。
私が立ち止まったのは、「その13 肩書を持たない」です。仕事を離れると肩書がなくなる、と考えると心細くなります。それを、失うものではなく「持たない」と自分で選ぶものとして題にしている。動詞が一つ違うだけで、手放すことの意味が変わって見えます。
もう一つ、「その14 変化についていかない」のすぐあとに「その15 一人で無謀な旅に出かける」が続く並びにも惹かれました。世の中の変化には乗らないのに、旅には無謀に出かける。落ち着いた暮らしと思い切った一歩が隣り合っていることで、「下る」は縮こまることとは違うのだと伝わってきます。
なお、目次には「その20 食を細くする」「その21 健康診断をやめる」のように、体に関わる題もあります。どちらも稲垣さんが自分の暮らしから考えた提案として読むのがよさそうです。食事や健診のことは体の状態によって合う形が違うので、取り入れる前に、かかりつけの医師に相談してみてください。
「ステキに歳を重ねる」への問い
出版社の紹介には、この本が投げかける問いも並んでいます。
- 人生100年時代、死ぬまで上を目指して頑張るべき?
- 「理想の老い方」とは「ステキに歳を重ねる」ことではない?
- 認知症の親に教えられた大切なこととは?
二つ目の問いに、私はどきりとしました。「ステキに歳を重ねる」は、前向きで感じのよい目標に聞こえます。けれど見方を変えれば、それもまた一つの「上を目指す」なのかもしれません。稲垣さんがこの問いにどう答えているのかは、本の中で確かめてほしいところです。
こんな方に
この先の暮らしに、はっきりしない不安を抱えている方に。親の老いと向き合い始めた方には、「その19 親の持ち物を整理する」という題も目に留まると思います。練習は一つずつ短い題で区切られているので、気になったものから開くこともできます。祖父江ヒロコさんのイラストも添えられています。
版元・文藝春秋の公式サイト「文藝春秋BOOKS」の週間ベストセラー(2026年10月19日〜25日)でも、単行本の部に入っています。
「死ぬ練習」の一番目は、道ばたの花を愛でること。書名の重さと、その最初の一歩の軽さの差に、この本の入口があると私は思います。目次を眺めて気になる練習が見つかったら、そこからページをめくってみてください。
今回紹介した本
『死ぬ練習帖』
- 著者:稲垣えみ子
- イラスト:祖父江ヒロコ
- 出版社:文藝春秋
- 発売日:2026年10月15日
- 判型・ページ数:四六判 並製カバー装・224ページ
- 価格:紙版1,760円(税込)/電子版1,700円(税込、文藝春秋の発表。ストアにより異なる場合があります)
- ISBN:978-4-16-392158-7(紙版)
購入リンクは紙の単行本とKindle版です。価格・在庫・販売者は、購入時の画面でご確認ください。
アイキャッチはAI生成によるイメージです。実際の書影や本の内容を再現したものではありません。
情報確認日:2026年11月3日(日本時間)。書誌は文藝春秋の書誌ページと発売時のプレスリリースで確認しました。
この記事がよかったら
いいねについて
ログイン不要。もう一度押すと取り消せます。このブラウザーに記事ごとの匿名IDを保存し、当サイトで合計を集計します。いいねのためにIPアドレスを記録せず、外部サービスへも送信しません。別端末や保存データ削除後の重複は防げません。